「覡(かんなぎ)は永遠の恋人」のスペシャルショートストーリーをどうぞお楽しみください。
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平安時空奇譚 覡は永遠の恋人 番外編
悠木日記

「では、留守と秀輔を頼む」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
 常であれば、颯爽とお出かけになるのに、後ろ髪を引かれるような素振りをお見せになる光玲さまに、私は内心驚いておりました。
 牛車を待たせたまま、なにか仰せになりたいご様子なのも非常に珍しゅうございます。
 ああ。申し遅れました。私(わたくし)、左大臣家嫡男にして、頭中将(とうのちゅうじょう)でいらっしゃる仲野光玲(なかのみつあき)さまのそば仕えの悠木(ゆうき)と申します。
 私の母が光玲さまの乳母(めのと)を務め、乳兄弟のご縁でお仕えさせていただいております。
 お小さい頃の光玲さまは身体が弱く、母君を恋しがってひとりでは眠れないような繊細なお子さまでした。
 それが、どこをどうしたものか、今では私よりも頑丈な逞しい公達にお育ちになり、都中の女人を恋しがる勢いの艶聞王におなりです。
 無論、性根も見目もよく、文武両道に秀でてもおいでゆえ、そのお血筋も相俟って周囲からもてはやされる所以でしょう。
 なんと申しましても、お父上は左大臣、お母上は皇族のご出身、姉上さまは東宮妃(とうぐうひ)で、光玲さまご自身も御上(おかみ)のおぼえがめでたいというお立場でございます。
 役職も御上の側近の頭中将ですから、将来の安泰は約束されているといっても過言ではありますまい。
 多情なのが少々困りものですが、そこ以外はまったく手がかからない光玲さまは、私の自慢の主です。
「悠木、秀輔が目覚めたら、寂しがらぬよう話し相手になってやってくれ」
「はい」
「あと、陽がのぼるまで燈台はつけたままでよい」
「仰せのとおりに」
「突拍子もないことを言うかもしれんが、子供相手と思って聞き流してかまわん。それと、なにか滋養になるものを食べさせよ。いや。昼餉までには私も戻るから、秀輔と一緒に食すからいいとして…」
「光玲さま。私にお任せください」
 万事ぬかりなくと伝えると、そうだなと苦笑まじりにうなずいて、光玲さまはようやく牛車にお乗りになってお出かけになりました。
 秀輔殿に対する光玲さまのお心配りは、並々なりません。
 これまで愛でていらしたお相手たちとも、どこか違う気がいたします。
 御上から訳あってあずかったお方ということ以外の詳細は聞いておりませんが、早々にお手を出してもお咎めを受けておられないのも不思議です。
 どういったご出自なのか気にならないといえば嘘になりますけれども、余計な詮索は僭越ですし、主の命に従うのが私どもの務めにございます。
 光玲さまの部屋に戻り、静かに寝息をたてておいでの秀輔殿を拝見して、私は幾度目かの感嘆の吐息を漏らしてしまいました。
 髪が短いことを除けば、その美貌には非の打ちどころがありません。
 気品に満ち溢れた雰囲気はまさに御上とのご縁(えん)を彷彿とさせるからでしょうか。稀なる麗姿は光玲さまの過去のお相手の誰もが敵わない絶対的な美しさです。
 光玲さまと並んでもなんら遜色なく、完璧な一対に見えます。
 秀輔殿の言葉遣いがいささか面妖ですが、主がよしとするなら、私に異論はございません。なにより、御上縁(ゆかり)のお方でしたら、多少の奔放なお振る舞いもうなずけます。
 燈台の守りをする傍ら、細々(こまごま)とした仕事をしつつどれくらい経った頃でしょう。
 そろそろ陽ものぼり始めたので、燈台を消そうと動いた拍子に、枕元の気配に気づいたのか秀輔殿が瞼を震わせて低く呻きました。
「ん……」
 ほどなく目覚めた麗しい双眸と目が合い、つい見惚れかけた己を戒めて、私はその場に座しました。
「お目覚めでございますか、秀輔殿」
「あ、悠木さん。おはよう」
「おはようございます」
 かすれた声ながら、微笑んで挨拶をなさる秀輔殿につられて笑みがこぼれます。
 何度申し上げても、ご自身はただの居候だからと私を『さん』づけでお呼びになる秀輔殿の慎ましさも、非常に好感が持てる一因でございます。
 光玲さまと一夜を共に過ごされたあとの初々しさや、ひどく恥ずかしがるご様子も大変微笑ましく思いました。
「お加減はいかがですか?」
 ただ、同性との閨事は初めての秀輔殿を光玲さまが張り切って愛ですぎたらしく、現在秀輔殿は体調を崩しておいでなのです。
 熱を出して寝込まれてから今日で二日目なのですが、やつれたお姿も見苦しいどころかとても艶冶で、美しさは微塵も損なわれておりません。
「うん。今日はだいぶん楽だよ。熱は下がったみたい」
「それはよろしゅうございました」
 昨夜、光玲さまが大至急お取り寄せになった薬湯をお飲みになられておいでだったので、快復されたのでしょう。
 苦いといってお渋りになる秀輔殿に、光玲さまが口移しで飲ませていらっしゃったのも本当に意外でした。
 なんと申しましても、ご出仕以外のお時間は、ほぼつきっきりで看病なさるお心の砕きようでございます。
 本来であれば私がすることも、光玲さま手ずからという甲斐甲斐しさには目を瞠らされるばかりです。
「悠木さんには、忙しいのにずいぶん面倒かけちゃってごめんね」
「いいえ、そのようなことは…」
「いきなり厄介になってる俺に優しくしてくれて、本当にありがとう」
「とんでもないことでございます」
「これからしばらくの間、お世話になると思うんだけど、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「うん」
 下々の私などに、こうやって気さくに過分な感謝の念をおっしゃるところも、素晴らしいお人柄だとお見受けするいわれです。
 高貴なお血筋であられるでしょうに、このような高邁さをお持ちの秀輔殿を、御上よりおあずかりしたという理由だけでなく、光玲さまが大切になさるお気持ちもわかります。
 そこを見抜いておいでとは、さすがは私の自慢の主でございます。
「あの、光玲は内裏へ?」
 室内を見回しての秀輔殿の問いに、おもむろにうなずきを返しました。
「はい。ですが、もうまもなく…」
 そう申しているそばから外が騒がしくなり、光玲さまの帰還に気づいて笑顔を湛えます。
「お帰りになられたようです」
「え?」
「悠木はどこだ。悠木」
 速足の足音が近づいてきたかと思いましたら、私が出迎えるより早く、光玲さまが部屋にご到着なさいました。
 身体の向きを変えて、平伏いたします。
「お帰りなさいませ、光玲さま。お出迎えもいたしませず、申し訳ございません」
「いや。秀輔のそばにいろと言ったのは私だ。気にせずともよい」
「はい。お着替えはいかがなさいますか?」
「あとでよい」
「畏まりました」
 そこで、秀輔殿が目覚めているのをご覧になった光玲さまが、早速そばに座って秀輔殿の頬へお手を伸ばしておられます。
「気分はどうだ、秀輔。まだぼんやりしているようだが」
「寝起きなんだよ」
「そうか。ちょうどよい頃合に戻ってきたのだな。どれ、熱は」
「ちょ……光玲っ。手で…」
 身を屈めて、秀輔殿の額にご自身の額をつけた光玲さまの胸元を秀輔殿が押し返そうとなさいますが、びくともいたしません。
「よかった。下がっているな」
「わかったら、さっさとどけっ」
「『きす』をしたらな」
「しなくてい……っんん」
 突如始まった睦みあいにも、今さら動じることはなくなりました。
 よくも悪くも、私の主は鷹揚なので慣れたものですし、お相手が秀輔殿のせいか、私も自然と頬が緩みます。
 光玲さまのお着替えと昼餉の支度をしなければと思いつつ、おふたりの和やかな光景を見守るのは、至福のひとときです。
 できれば、秀輔殿のような気立てもよく、美しいお方が末永く大切な主のお相手でいてくださることを願っているのは、私の秘密でございます。

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